前回、前々回に引き続き、某ビジネスホテルのトイレに掲げてあった注意書きからのネタ、第三弾。
前2回は日本語と英語の表現の違いについて書いたが、今回は「抽象的表現VS具体的表現」について。
まずは今回も例の注意書きから。
1度に流すトイレットペーパーの量は5mまでを目安として下さい。 ※環境に配慮した省資源型の便器です。
Please do not use too much toilet paper. This may back up the toilet and cause it to overflow. Do not use more than 5m of toilet paper at a time.
初回にも書いたとおり、これを目にしたときに最初にドキッとしたのは、自分がいまどれくらいのトイレットパーパーを使ったかが、まったくわからなかったからだ。
これまでも公共のトイレで似たような注意書きは目にしたことはあるが、ほとんどが「一度に大量のトイレットペーパーを流さないで下さい」的なものであった。
今回の注意書きでいうと、英語版の第一文(Please do not use too much toilet paper. )を日本語にしたようなものだ。
具体的に何メートルと言わずに、抽象的に「大量の」という表現がされているので、書き手の考える「大量」と読み手(紙の使い手)の考える「大量」が一致するとは限らない。
書き手が見ると「大量」だが使い手が見れば「適正な量」の紙を流した場合、トイレは詰まってしまう。
そもそもトイレが詰まるという問題を発生させたくないから注意書きを作ったのに、これでは何にもならない。
では、なぜそんな役立たずの注意書きになってしまったかというと、「大量」という抽象的表現を使ったからだ。
だから、こういう場合の表現は、読み手がイメージを描けるよう、できるだけ具体的にした方がよい。
文章の書き方を解説した本には、よくこのようなアドバイスが載っている。
そして、たいていの場合はその通りだと思う。
だが、今回はどうだろう。
「5m」という具体的な数値が示されているが、私にはまったくピンと来なかった。
だから、「もしかしたら、もう5m以上使ってしまったかもしれない」と不安にもなった。
では、いったいなぜ、ピンと来なかったのだろう。
私なりの結論は、「5m」が私にとっては少しも具体的な表現ではないから、というものである。
1mとか2mぐらいなら、自分や子どもの身長、マイカーの車高、天井の高さなど、いろいろと参照できるものを思い出せるので、だいたいこれぐらいというイメージが湧く。
だが、5mでは(あくまでも私の場合は)そうしたイメージが湧かない。
感覚的につかめない。
だからわからない。
むしろ、「大量のトイレットペーパー」の方が、過去にトイレを詰まらせた経験などからイメージが思い浮かぶ分、私にとっては具体性を帯びた表現と言えなくもない。
それはともかく、今後またこのホテルに泊まることもあるだろう。
そのときにまたトイレで悩まずに済むよう、予め5m分のトイレットペーパーがどんなものか確認しておくことにしよう。
ということで撮ったのが下の写真である。
自宅の廊下で予め5mを測っておき、その長さ分トイレットペーパーを伸ばしてみた。
皆さんの役には立たないかもしれないが、私にはずいぶん「5m」が身近になった気がする。
よし、これでもう悩むこともあるまいと思ったが、ちょっと待てよ。
これだけの長さを一度に(つまり、途中で切らずにこの状態で)使うことはまずないだろう。
たいていはもっと短い紙を何度か使うはずだ。
そうなると、残念ながらこの「5mのトイレットペーパー」のイメージもあまり役に立ちそうにない。
むしろ知っておくべきは「通常私は一回につきトイレットペーパーをどれくらい使うのか」ということであろう。
さっそくトイレに向かう。
いつもと同じ要領でトイレットペーパーをカラカラと引き出し、だが、お尻は拭かずに紙を手にしたまま部屋に戻る。
丸まったトイレットペーパーを床の上に丁寧に伸ばし、メジャーで測定。
結果は1m30cm。
世間一般と比べて長いのか短いのか、それはわからない。
そもそもこれまで人と比べる機会がなかったし、これからもないだろう。
だから、読んで下さっている方の参考にはならないが、少なくとも自分の役にはたつ。
次回、あのホテルに泊まったときには、トイレットペーパーの使用回数を4回までとし、最後の4回目はやや短めに留めると紙詰まりが回避できるということだ。
くだらないことかもしれないが、それがわかっただけでも何だか安心である。