「パパ、ねえ、あれも清原?」
コンビニで買い物中、シオンがそう聞いてきた。
シオンが指さす先には新聞スタンドがあり、各スポーツ紙、夕刊紙の一面には、先日覚醒剤所持の疑いで逮捕された清原の写真が並んでいた。が、夕刊フジの一面脇には、長髪で白髪の男性の顔写真も載っており、シオンの目を惹いたのはこちらの写真だった。
それが誰であるかは一目で分かった。
小澤征爾である。
だから「ううん、あの人は清原じゃないよ。とっても有名な指揮者だよ」と答えたのだが、答えながら(え、もしかしたら)と少し心配になってきた。
もしかしたら、小澤征爾が亡くなったのか……。
大変失礼なことを書いているのは承知しているが、正直そのときはそう思った。数年前に食道癌の手術を受けたり、最近も腰の調子が思わしくなかったりと、ここ数年、健康面に関して言えばファンを心配させ、不安にさせるニュースが絶えなかったからだ。
そう、実は私も小澤ファンである。
高校生になった頃からなので、かれこれ40年近く小澤征爾という音楽家を見続け、聴き続けてきた。もちろん夢中だった時期もあれば、人に聞かれれば「ファンですよ」と答える程度の時期もあり、熱中度合いには濃淡があったけれども、小澤征爾はずっと私の憧れの人であり、私が思う「世界に誇れる日本人」のナンバーワンであり続けた。
そんな小澤征爾が、もしや!
普段コンビニで新聞など買わないが、気づいたときにはスタンドに歩み寄り、夕刊フジを一部引き抜いていた。
引き抜きつつ見出しを見て、安心した。亡くなったわけではなかったからだ。それどころか、むしろ大変におめでたいニュースであることがわかり、安心はすぐに喜びに取って代わられた。
2016年2月15日(現地時間)、小澤征爾がサイトウ・キネン・オーケストラを指揮したアルバム『こどもと魔法』(ラベル作曲)が、第58回グラミー賞で最優秀オペラ録音賞を受賞したのだ。
「そうか、よかったよかった」
本当のことを言うと、グラミー賞を受賞しようがしまいが、私にとってはどうでもいいことだ。受賞したからといって今まで以上に好きになるわけでもないし、しなかったからといってファンをやめるわけでもない。
世間の評価がどうであれ、私は私の価値観に従って小澤征爾が好きなのだから。
とはいえ、本人が喜んでいるだろうと思うとこちらも嬉しくなるし、オーケストラのメンバーや歌手たちが誇らしい気持ちに包まれているだろうと思うと、素直におめでとうと言いたくなる。
ニュースの内容が分かったので新聞を買う必要はなくなったのだが、まあ、これもお祝いだと思い、そのままレジで代金を支払った。