最近近所で不審者をよく見かける。
一昨日の日曜日、古武道の稽古を終えマンションに戻り、いつものようにエレベーターホールに入ると、これまで見たこともないほど大勢の人々が1機しかないエレベーターの到着を待っていた。
しかも、全員が不審者であった。
列の一番後ろに並ぶと、シオンが「パパ、ショッカーがいるよ」とささやいた。
確かに、我々のすぐ前に並んでいた人物は、ショッカー戦闘員のユニフォームを着用している。その戦闘員が、なぜか紙コップや割り箸の入ったスーパーのレジ袋をもっている。マンション4階の集会所でショッカーの慰労会でも開かれるのだろうか?
その隣の黒ずくめの男も、てっきりショッカーだろうと思っていたが、よく見るとサリーちゃんのお父さんにそっくりな魔法使いであった。だが、素性が明らかになっても怪しい人物であることに変わりはない。
エレベーターのすぐ前には、顔面に裂傷を負い傷口から血を滴らせた人物が、こちら側を向いてゾンビと談笑している。ふつう人間は、あのように傷を負いながら談笑はできないはずだ。まったくもって怪しいではないか。
いったい何なんだ、こいつらは。だいたい、こんなに大勢いたらエレベーターに乗り切れないじゃないか。
私は余程不機嫌な表情を浮かべていたのだろう。シオンが「パパ、どうして怖い顔してるの」と、少し不安そうに訊いてきた。
「ごめん、ごめん、何でもないよ」
慌ててそう答えると、シオンはほっとしたようだった。そして、こう言った。
「この人たちもハロウィンだね」
「えっ?」
「ハ・ロ・ウィ・ン。オレも後でママと一緒にパーティ行くから」
息子と妻がハロウィンパーティに招かれており、これから出かけることは知っていた。2人がパーティに参加するのは今年で3回目で、去年も一昨年も私が車で送り迎えをした。
だから、世の中にハロウィンパーティなるものが存在することは情報としては知っていたのだが、自分で参加したことは一度もないし、妻と息子は毎年普段着で参加していたので、目の前の仮装した集団とハロウィンとを結びつけて考えることができなかったのだ。
一方のシオンは、5歳にしてパーティ参加は3度目。不審者の一群がハロウィンパーティの参加者であることを、ショッカーの存在に気づいた時点から理解していたらしい。
要するに、エレベーターを待つ30人ほどの人間の中で、この日(もしくは今年)ハロウィンパーティに参加しないのは私一人だけということだ。
私は激しい疎外感に襲われた。
日本人はいつの間にハロウィンパーティなんてものをやるようになったんだ。私が子どもの頃はおろか、ついこの前まで誰もそんなことやってなかったじゃないか。そもそもハロウィンって何なんだ? みんなはちゃんと知っているのか?
疎外感と寂しさと悔しさがない交ぜになったような気持ちで、声に出さずに文句を言う。だが、不機嫌な顔をして黙っていると、またシオンが心配するだろう。何か言わなければ……。
「ねぇ、花祭りって知ってる?」
どういうわけか、お釈迦様の誕生日を祝う花祭りのことが口をついて出た。花祭りは4月8日だから季節感も何もあったものではない。
「なに、それ?」
「お釈迦様の誕生日にお寺に行って、お釈迦様のちっちゃい像に甘茶をかけるんだよ」
「ゾウがお茶飲むの?」
「いや、像っていうのは、まあ簡単に言うとお人形かな」
「ふうん」
お釈迦様も甘茶も知らないシオンには、まったく響かない。
「パパが子どものときは、みんな近くのお寺に行って甘茶かけてたんだよ」
「パパが子どものときって昔でしょ。昔は、やってたけど、今はもうやらないんだよ、きっと」
シオンにそう断言され、この後何を言おうかと考え始めた時、ようやくエレベーターがやって来た。だが、これだけの人間が一度に乗れるわけがない。あと2回ぐらいは待たされそうだなと思った時、前の方にいたゾンビが振り返ってこう言った。
「マンションにお住まいの方からどうぞ。すみません、ご迷惑おかけします」
その声に応じて動いたのはわれわれ親子2人のみ。最後列から「恐れ入ります」と言いながら前に進み出て、最初にエレベーターに乗せてもらった。
みなとても親切で礼儀正しい不審者であった。