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エッセイ

ビデオ通話でどきどき、はらはら、そしてじんわり

昨日からスマホを忘れて出張に出ているため、家族とはiPadのビデオ通話ソフトFaceTimeで連絡を取り合っている。

昨夜は仕事が終わったのが10時近く。ホテルに戻りiPadを取り出すと、妻からのメッセージが2通残っていた。1通目は「いまからお風呂」、そして2通目は「もう出た」というものだ。

前者は「いまからお風呂だから、しばらくは連絡もらっても出られないよ」という意味であり、後者は「もうお風呂から出たので連絡OK」もしくは「そろそろシオンは寝なくちゃいけないから、話したいんだったら早く連絡ちょうだい」という意味である。

受信した時刻を見ると「もう出た」というメッセージを受け取ったのが9時前。仕事中だったとはいえ、1時間も待たせてしまった。

「待ちくたびれて、ぐずぐず言っているんじゃないかな。それとも、もう寝ちゃったかな」

心の中で、ごめん、ごめんと呟きながら、FaceTimeで通話を開始。

ところが、ピピピピピという呼び出し音が2回ほど鳴ったところで、通話できないというメッセージが表示された。

「回線の状態が悪いのかな」と思い、もう一度通話を試みるが、呼び出し音が数回なったところで、やはり通話できないと言われてしまう。

念のため手許のWiFiルーターを確認したみたが、しっかりと緑のインジケータが点灯している。つまり、電波状況はきわめて良好ということだ。

はてな、と思いながらも、結局やることは一つで、もう一度通話ボタンのアイコンにタッチしてみた。

ピピピピピ。

今度は1回鳴ったところで出た。スクリーンに映し出されているのはわが家の天井らしい。

だが、妻の叫び声とシオンの泣き声らしきものがほんの一瞬聞こえただけで、また通話は途切れてしまった。その切れ方は電波状況のせいではなく、明らかに向こうの意志で切ったように思われた。

「なんだ、いまのは? 叫び声と泣き声……。強盗? 家に強盗が入ったの? まさか……。でも、本当だったら大変だ……。どうしよう」

そう思った時、今度は私のiPadがピピピピピと鳴り始めた。スクリーンには大きく妻の名前が表示されている。

犯人に無理矢理かけさせられているのか? それとも犯人が私と交渉するつもりなのか?

大きく深呼吸をして、応答する。

するとスクリーンには、ベソをかいているシオンと、ちょっと怖い顔をした妻が、それでも仲良く並んで映し出されたではないか。

「どうした? 大丈夫?」

私が尋ねると、妻が事情を説明してくれた。

それによると、お風呂から上がって私からの電話を待つ間、シオンはママのスマホを勝手にいじって(パスコードなどとっくの昔からご存知だ)YouTubeを見ていたらしい。お気に入りのヒーローもので、ひとつのエピソードはだいたい25分ぐらいの長さだ。

そして、話がまさにクライマックスにさしかかろうとする頃、私からの呼び出し音が鳴り、画面がFaceTimeに切り替わって動画の再生が中断されてしまったのである。

シオンは私からだとはわからず、「なんでじゃまするの!」とばかりに通話拒否のアイコンを押し、YouTubeの画面にもどした。

そして、気を取り直してもう一度再生を始めたのだが、またすぐに私からの通話が入り、再び画面が切り替わる。

そこで、また通話拒否のアイコンを押し、動画の再生に戻ったのだが、もうこの頃にはべそをかき始めていたらしい。

3度目にかけたときにようやく通じたのは、妻が横から割り込んで一瞬早く応答のアイコンを押してくれたからだ。

妻はシオンが最初の通話を切ったのを見ており、「パパだから、今度は出てあげなさい」と言っていたのだが、2度目も出ずにブチッと切って、しかもべそまでかき始めたので、ちょっと腹が立っていたようだ。

私が一瞬耳にしたのは「パパだから出なさいって言ってるでしょう」とシオンを叱っている妻の声だったのだ。

そして、その背後で聞こえていたのが、せっかくの動画を途中で遮られた上にママにまで叱られてしまい、切ないやら悔しいやら眠たいやらで、どうしていいのかわからなくなったシオンの泣き声だったというわけだ。

その通話が一瞬にして切れたのは、嫌々モードのシオンが最後の抵抗とばかりに通話終了アイコンを押したためだった。

事情を聞いた私は、まず何より無事でほっとした。そして、シオンが眠たいのに待っていてくれたことと、せっかく見始めた動画を私のせいで中断されたことを知って、申し訳ない気持ちになった。

「ごめん、ごめん。じゃあ、もう切ろうね。お休み」

シオンは妻に「パパにお休みなさいは」と促されるのだが、しゃくりあげるばかりで言葉が出ない。

「せっかくパパがかけてきてくれたんでしょう。お休みは?」

妻がさらに言うが、ひっくひっくとやるばかり。少し、すねてもいるのだろう。

「もう、いいから、いいから。ごめんね。じゃあ、お休み」

そう私の方から言って通話は終了。泣き顔でもシオンの顔が見られて満足だったが、今頃またママに叱られているんじゃないかと思うとちょっとかわいそうになった。

その後、こちらも風呂に入り、すぐさま就寝。昨日は朝の4時から働きづくめだったせいか、ベッドに入ったのも覚えていないぐらい、すぐに深い眠りに落ちた。

今朝、目覚めてみると、ビデオ通話の着信履歴が3件ほど残っている。妻からだ。何か急用だったのか。熟睡していたので、呼び出し音にまったく気づかなかった。

さっそく妻に連絡を入れると、自分はかけた覚えがないとのこと。そうなると考えられるのはシオンだ。妻の方が先に寝入ってしまい、そのすきにまたママのスマホを勝手にいじって、かけてきたに違いない。

シオンに代わってもらい「夜、パパにお電話した?」と尋ねると「うん」という返事。

「あのね、きのうの夜ね、オレ、パパにお休みなさいって言えなくてごめんね。だから、言おうと思ってかけたの」

「ああ、そう。ありがとう。でも、パパは全然気にしてないよ。ちゃんと顔も見られたから」

「あとね、オレね、きのう園(子供園)の椅子取りで、はじめて1番になったんだよ」

「ああ、そうか。よかったねぇ。頑張ったんだ。嬉しかったね」

「うん、嬉しかった。それも言おうと思ってたけど、忘れちゃったから」

5歳の息子がベッドに入った後、一人で反省し、パパにごめんなさいを言わなくちゃと思って、こっそりと母親のスマホをいじっていたのかと思うと、朝っぱらから涙がこぼれてきた。

「パパ、いつ帰ってくるんだっけ?」

「明日、帰るからね。そしたら、遊ぼうね」

「うん、二人で椅子取りもやろうね」

「うん、やろう」

「じゃあね、パパお仕事がんばってね」

「ありがとう、シオンもがんばるんだよ」

早く家に帰りたいが、その前に片付けなければならない仕事がある。だが、シオンのおかげで、今日は満ち足りた気分で仕事に臨めそうだ。

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