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エッセイ

パパ、誰かと破局したことある?

昨日は妻が残業だったため、シオンが帰宅してから寝るまでの間、ずっと二人だった。

学校と公文の宿題、ピアノの練習、ファミレスでの夕食、お風呂と、やるべきことを順調にこなし、最後に髪を乾かしてベッドに入ったのが9時半頃。

9時に寝るのがいつものお約束なので、最後は「たいへん、たいへん、さあ寝よう」と、二人してベッドに飛び込むことになった。

目覚まし時計をセットし、「おやすみ」と言って寝ようとしたところ、薄暗がりの中でシオンがこう聞いてきた。

「ねえ、パパ。パパって誰かと離婚したことある?」

突然どうしたのだろうと思ったが、自分が生まれる前、パパとママがどんな人生を送っていたのか知りたくなったのかもしれない。

シオンの方に向き直り、頭を撫でながら答える。

「ううん、誰とも離婚したことないよ。ママと結婚してから21年間、ずっとママと一緒にいるよ」

「ふうん」

そう言った声に安心したような響きがあったので、そのまま寝入ってくれるだろうと思ったが、すぐに第二の質問が飛んできた。

「パパ、じゃあ、誰かと破局したことある?」

「は、破局?」

聞き返しながらまず思ったのは、破局って小一の子どもが使う言葉か、ということだった。

「うん」

どうやら破局で間違っていないらしい。

それにしても、どうしてそこまで詳しく親の過去を知りたがるんだろう。

妻と出会ったとき私は28歳だった。だから普通に考えれば、それ以前に多少の出会いと別れがなかったわけではない。

そういう意味で言えば答えはイエスかもしれないが、でもあれを「破局」という言葉で表現するのはずいぶんと大袈裟だ。

などと考えながら、同時に脳みその別の部分で、今さら聞こえないふりはできないし、かと言って「余計なこと考えずに寝なさい」とこちらの都合だけで突っぱねるのも教育上問題がありそうだし、などとあれこれ対応策を検討してみる。

だが、短い時間では考えがまとまらず、結局「そうねぇ。まあ、ね」と極めて曖昧な返事をしてしまった。

「まあ、ね」で納得するようなシオンではない。次にどんなリアクションが来るかと身構えていると、少し眠そうな声がこう尋ねてきた。

「誰と? じいじと?」

じいじというのは私の父、シオンの祖父のことだ。

どうやらシオンは、破局というのを単なる喧嘩ぐらいの意味で理解しているらしい。

「じいじと喧嘩はたくさんしたけど、今でも仲良しだよ。知ってるでしょう?」

とりあえず、喧嘩の路線で話を進めることにした。

「でも、じいじと福岡ばあばは破局した?」

福岡ばあばとは私の母、シオンの祖母のことである。

私の両親は60代後半で熟年離婚し、現在父は川崎で、母は我々一家の故郷である福岡で暮らしている。

シオンの言うとおり、じいじと福岡ばあばの関係は確かに破局を迎え、離婚という結末に至った。

そうなると先ほどの予想は覆され、シオンは破局という言葉の意味を正しく理解しているのかもしれない。

一体どっちなんだろうか。いや、それよりも、そもそもどこで破局という言葉を覚えたのだろう。

どうしても知りたい気がしたので、もう寝かせなければと思いつつも聞いてみた。

「むずかしい言葉をよく知ってるね。どこで覚えたの」

「ダイアナ……」

寝入る寸前のか細い声が返ってきた。

「えっ?」

「ダイアナのテレビ……」

最初は何のことか分からなかったが、テレビと言われて合点がいった。

先週録画したテレビ番組『真実解明バラエティ! トリックハンター』の中の「ダイアナ死亡事故の謎! 元執事が語った衝撃の真実とは?」というコーナーのことに違いない。

おそらくそこで「離婚」や「破局」という言葉が出てきたのだろう。

元々この番組は、シオンが天才マジシャンKiLaのマジックが見たいと言って予約録画したものだ。

その中にダイアナの話も収められており、シオンはそこで「破局」という言葉に出会ったのだ。

そして、チャールズとダイアナほどドラマチックでも悲劇的でもないけれど、彼らと同じように一度は一緒になりながら最後は別れてしまった、じいじと福岡ばあばのことに思いを馳せたのだろう。

そう言えば以前、「じいじと福岡ばあばは、もう一緒に暮らさないの」と言っていたことがある。

じいじのことも、福岡ばあばのことも大好きだから、二人が大げんかをして別れたのではないかと思い、少し心を痛めているのかもしれない。

実際の別れはもっと淡々としており、息子の私から見ても離婚は最善の選択に思えたのだが、小学一年生にそれを言葉で伝え、納得してもらうのはむずかしいだろう。

シオンがそういうことを理解できる年頃になり、私が今日のできごとをまだ覚えていれば、そのときに話してあげよう。

そんなことを考えていると、いつの間にか寝入ったシオンの、この上なく穏やかな寝息が聞こえてきた。

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