洋行帰りのブルゾン

バレンタインデーの今日、東京では春一番が吹き、気温が一気に上昇した。

息子シオンの音楽教室に付き添うため家を出たら予想以上の暖かさで、とてもダウンジャケットなど着ていられない。一昨日の夜は、風邪をひいていたせいもあって、このダウンを着ていても震えが止まらず、シオンが「パパ、オレのジャンパー貸してあげようか」と心配してくれたほどだった。中一日で偉い変わり様だ。

ダウンを脱いでそのまま出かけようかとも思ったが、何しろまだ2月だ。帰るまでに気温が下がるかもしれないので、薄手のブルゾンを羽織っていくことにした。

バス停に向かいながら財布からSuicaを取り出し、久々に袖を通したブルゾンの右のポケットにしまう。中にSuicaよりやや小さめのカードのようなものが数枚入っていた。

取り出してみると、JRの切符だった。昨年12月19日の成田エクスプレスの特急券が2枚と、同じ日の荻窪から成田空港までの乗車券が1枚。特急券のうちの1枚と乗車券は子供用だ。

昨年末、学校が冬休みに入ると同時に家族でハワイ旅行に出かけた。何週間も前から楽しみにしていた旅がいよいよ始まり、ワクワクした気分で空港に向かっていたそのとき、自分はこのブルゾンを着ていたのだ。

その日の服装は写真でも見ない限り思い出せないが、その日の切符が出てきた以上、これを着ていたことは間違いない。

そういえば、空港に着いて、ハワイに備えて着替えをし、脱いだものを乱雑にスーツケースにしまってから搭乗手続きをしたなぁ。

成田エクスプレスの車中ですでに大はしゃぎしていたシオンは、空港でスターウォーズのディスプレイを見つけて、ますますテンションが上がっていたよなぁ。

そういう自分も、シオンに負けず劣らずテンションが上がった状態で、シオンの写真を撮りまくっていたっけ。

それにしても、特急券はともかく、シオンの乗車券が残っているのはどういうわけだろう。改札機に入れずにちゃっかり出てきたのだろうか。あるいは、自分の大人用の乗車券が残っていない方がおかしいのか。まあ、そんなことはどうでもいい。

なあ、長い付き合いのブルゾン君よ。

あの日乱雑にスーツケースにしまわれた君は、ハワイでは当然見向きもされず、帰国時も空港からすぐにタクシーに乗ったせいで出番がなく、帰宅後はクローゼットに吊されたまま、すぐそばに陣取ったダウンジャケットの活躍を恨めしげに眺めていたのだろうね。

許せ、許せ。真冬の寒さをしのぐには、君ではちょっと心許ないんだよ。

でも、今日からはまた、ちょくちょくお世話になると思うから、ぜひともよろしく。

あっ、そうだ、あのダウンジャケットは都内のほかには川崎ぐらいしか行ったことがないけど、君はハワイ旅行の経験者じゃないか。旅先で出番がなかったのは、それこそ休日らしくて素晴らしいことだとは思わないかい?

ところで……

切符のおかげで楽しさ満載の旅行のことが思い出され、すっかり陽気になった私は、いつバスに乗ったのかも気づかぬまま、かなりくたびれてきたブルゾンへの一方的な語りかけをその後もしばらく続けたのであった。

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